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歴代衆議院議員総選挙の最年少当選者 [政治]


並べると、やはり総理クラスの大物そろいである。
・年齢、学歴、前歴、その後の経歴を載せる

1958年 谷川和穂 27歳 ?法務大臣 2003年引退 
1960年 海部俊樹? 29歳 早稲田大学第二法学部 政治家秘書 内閣総理大臣 新進党代表 
1963年 橋本龍太郎 26歳4ヶ月 慶應義塾大学法学部 呉羽紡績 内閣総理大臣 
      小渕恵三 26歳5ヶ月 早稲田大学第一文学部英文科 大学院生で世界漫遊 内閣総理大臣
      西岡武夫 27歳 早稲田大学教育学部 新聞社経営 参議院議院運営委員長(現職)  ←注目
・西岡は最年少で国会に出る気満々で、早稲田大学教育学部の学生時代から地元の新聞社のオーナー(父親が県知事になったため)、青年団活動で名を売った。
1967年 山口敏夫 27歳 明治大学法学部 石田博英秘書 新自由クラブ幹事長 労働大臣
・再び政界再編で自民党を離党して新生党に。二信組事件で失脚。
・背任、業務上横領、詐欺に加えて、議院証言法違反にも問われる。
・2009年に仮出所。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%95%8F%E5%A4%AB
     河野洋平? 30歳 早稲田大学政経学部 丸紅飯田 自民党総裁・外務大臣・衆議院議長
1969年 小沢一郎 27歳6ヶ月 慶應義塾大学法学部 司法試験浪人 経歴略
     佐藤観樹 27歳10ヶ月 早稲田大学?学部 文藝春秋 自治大臣
・社会党の二世議員。村山政権で大臣となり、民主党へ。2004年に秘書給与詐取で失脚。 
     横路孝弘 28歳 東大法学部 弁護士 北海道知事 衆議院議長(現職)
1972年 小泉純一郎 30歳 慶應義塾大学経済学部 会社員??? 内閣総理大臣 
      野田毅 31歳 東大法学部 大蔵省 自治大臣 建設大臣
1976年 鳩山邦夫 28歳 東大法学部 田中角栄秘書 略
1979年 船田元 25歳 慶應義塾大学大学院(教育学) 学校(作新学園)経営 経済企画庁長官
・田中角栄を上回る39歳一ヶ月の最年少で大臣に。その後、野田聖子・小渕優子に抜かれるが、男性では最年少
1980年 菅直人? 32歳 東京工業大学 弁理士・市民運動家 内閣総理大臣(現職)
1983年 中川昭一 30歳 東大法学部 日本興業銀行 財務大臣 落選して自宅で急死
1986年 石破茂 28歳 慶應義塾大学法学部 三井銀行 自民党政調会長(現職)
1990年 赤城徳彦? 31歳 東大法学部 農林水産省 農林水産大臣
・政治資金問題、絆創膏事件で大臣辞職。安倍内閣をつまづかせる。
1993年 宇佐美登 26歳 早稲田大学理工学部 武村正義秘書 松下政経塾 
・2005年に落選後に民主党を離れ、平沼グループで2009年総選挙落選
     枝野幸男 29歳 東北大学法学部 弁護士 行政刷新担当大臣 民主党幹事長(現職)
     前原誠司 31歳 京都大学法学部 松下政経塾 京都府議 国土交通大臣(現職)
1996年 古川元久 30歳 東大法学部 大蔵省 内閣官房副長官(現職)
2000年 原陽子 25歳4ヶ月 桜美林大学大学院 大学院生 史上最年少 社民党 
・次の総選挙で落選の後は市議選にも落選し、福祉職に転向。
2003年 寺田学 26歳 中央大学法学部 三菱商事 民主党青年部長 総理補佐官(現職)
2005年 杉村太蔵 26歳 筑波大学中退(スポーツ推薦) 証券会社派遣社員 以下略
2009年 松岡広隆 27歳6ヶ月 立命館大学経済学部 関西電力 
     横粂勝仁 27歳11ヶ月 東大法学部 弁護士 
     小泉進次郎 28歳4ヶ月 関東学院大学 コロンビア大学大学院 米シンクタンク 以下略   

大下英治「小説土井たか子」と90年代政界再編劇 [政治]


小説 土井たか子 (現代教養文庫)

小説 土井たか子 (現代教養文庫)

  • 作者: 大下 英治
  • 出版社/メーカー: 社会思想社
  • 発売日: 1995/03
  • メディア: 文庫




小説・土井たか子―山が動いた

小説・土井たか子―山が動いた

  • 作者: 大下 英治
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 1990/01
  • メディア: 単行本



大下英治の政界本はそれほどベストセラーということはないが、業界人にはずいぶん読まれているようだ。
彼の著作のスタイルは独特である。新聞の政治面(丸山真男以来、「政界面にすぎない」という批判は当然に受け止めなければならないが)にも出ていない、同時進行形の生の大物政治家の発言が
「小説」
という隠れ蓑で、さも著者が宴席や秘密会合に同席していたかのように書かれる。
いかにも怪しい手法だが、政治家のオフレコ発言の情報を新聞社から仕入れるなどの方法で内容を担保しているようである。
そもそも月1冊では効かない冊数の著書を大下個人の筆力だけで書けるはずもなく、
(執筆量は確保できても、取材が追いつかないだろう)
「ゴルゴ13」のような多数のスタッフの共著的な方法らしい。
いまのところ関係者から大下が捏造発言で告訴されたりしてはいないので、おおむね事実なのだろう。
立花隆の最近の政界ネタはほとんど大下情報を根拠にしているようだ。
あまりに細かい事実描写は無意味とも思えるが、私はそうだと思わない。歴史は意外と個人的な人間関係、キーパーソンの前人生、価値観、好みなどに左右されるものである。細部を軽視してはならない。

閑話休題

1990年代半ばの政界再編劇と連立政権の詳細については、驚くほど日本国民には知られていない。ネット右翼が村山総理を売国奴と罵るだけである。一般人も首相の名前くらいしか覚えていない。
その原因の一つは、吉田茂や佐藤栄作、果ては田中角栄の時代の話のように、その時代の出来事が物語として国民の記憶に編成されていないからである。竹下派七奉行は知っていても、彼らがどう自民と反自民に袂を分かったのかも知られない。社会党に至っては
・無意味な派閥争いの横行
・選挙、資金面で労組頼み
・極左は共産党より過激。
といった断片情報しか知られていない。
徳間文庫の大下の著作はまだ売れているようだが、それ以前の角川文庫や「土井たか子」などは古本屋でも滅多に見ない。それだけ政界の業界人、マスコミの政治部員などがネタ本として手元に温存しているからだろうか。


以下の事実を知っている人間はどれだけいるだろうか。
・生家は神戸の開業医で、戦前に自家用車を持っているほどの恵まれた環境。
・土井たか子は戦時中の京都女子専門学校(現京都女子大学)の東亜文学科に在学。国策で英語の授業が廃されたため、中国語を勉強させられた。
・(ネット上では編入に疑問の声も出ているが)戦前から女子大生を受け入れていた同志社大学法学部に編入し、研究者の道を歩む。
・だが女性研究者として相当下駄は履かされていた模様。修士論文の国政調査権の論文は学部の卒論程度と指導教授以外に酷評され、修士課程に4年在籍
・憲法の研究者と一般に言われながら、衆議院選挙に立候補する40歳まで大学で常勤のポストは得られなかった。この間、論文執筆は殆どなく、社会党の下部組織での護憲運動=プロ市民活動がメイン。

(初当選から委員長選立候補までの描写がほとんどない)
・社会党委員長の専用車は飛鳥田委員長の時代はなかった。
・土井たか子の時代には旧型センチュリーになっていて、多くの非大臣の自民党代議士の車より上で、同期当選の森喜朗から見つめられるレベルだった。
・岩垂寿喜男は総評の事務局出身の左派幹部だが、無派閥の土井たか子を政策面で支えた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E5%9E%82%E5%AF%BF%E5%96%9C%E7%94%B7
・伊藤茂(1928~ 存命)は社会党事務局から昇格の超エリートで、悪筆を補うために1980年代からモバイラーだった。伊藤の文書作成の速さと守秘性が土井執行部を支えた。
(社会党に大物多選議員は少なかった。労組の論功行賞で50代で議員になるが、10年ほどで後輩に交代させられて、なかなか大物になれない。だから連立政権期に多くの著名議員は入閣した。当選回数は既に自民党を追い越す勢いだった)
・少数のエリート多選議員の政策能力、国際情勢の把握度は相当のものだった。自民党に比べて勉強不足なのは否めないが、各省庁の官僚からレクチャーを受ける場がないことを思えば、特筆すべきこと。
・脱冷戦の現状分析、未来像はけっこうリアリズムに富んでいた。
・だが執行部の権限が極端に少なく、石橋委員長時代から進められた革命路線からの転換、政権参画を党の方針として確定させる(綱領変更など)に至らなかった。
・土井たか子を衆議院議長に推す小沢一郎の深慮遠謀は、土井ら最左派(この段階で教条主義的な社会主義協会系は壊滅に近い)を護憲派の河野洋平と連携させないため。この時点で左派が自民党と連携することを既に小沢ら新生党は危惧していた。

リビアのA330が墜落事故 [航空]

リビアの首都トリポリの国際空港で12日午前6時(日本時間同午後1時)ごろ、同国のアフリキーヤ航空エアバスA330型旅客機が着陸に失敗し、墜落した。
同機は南アフリカ・ヨハネスブルク発で、ロイター通信によると、乗客乗員104人のうち、103人が死亡、オランダ人の子供1人が救出された。同機にはリビア人のほか、オランダ人少なくとも60人が乗っていたとみられる。乗客に邦人が含まれていたかどうかは不明。 当時、空港周辺の天候は良好だったという。原因は調査中だが、リビアのジダン運輸相は同日、テロの可能性を否定した。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100512-OYT1T00827.htm

一部の日本のマニアが思っているほど、エアバスの大型機はボーイングより危険だとは思わない。
ボーイングだって、初期のジェット機の707は生産機の1割を超える100機以上を墜落事故で失っているのだ。

確かにA330も何件か事故を起こしているし、A310の事故は多い。
だがボーイングとの最大の差は、運航体制のヤバイ途上国、反米国家に機体を売却しているかという点だと思う。
A310はビジネスとして失敗した機体だ。最大のユーザーが意外にもシンガポール航空だったということから、如何に有名航空会社に採用が少なかったが分かろう。シンガポール航空では長距離用747のアクセスアジア線専用機材で、影は薄かった。
だから販売実績を上げるために、相当ヤバイ会社にも売却されている。
だがボーイングの777を買ったのは欧米か、アジアの結構有名な会社ばかりだ。それ以外の新興国、途上国、いわんや反米国家の航空会社には売ってくれないのである。
その結果777は死亡事故を未だに起こしていない。BA英国航空が北京で胴体着陸の事故を起こしているが、乗客乗員全員が避難して、犠牲者はいない。
これに対し、767はエジプト航空とケニア航空で大きな事故を起こしているが、事故を未然に防ぐための運航体制の問題だろう。ちゃんとした国の航空会社は事故を起こしていない。

まあA330に関して、先進国の有名航空会社が777のように死亡事故を起こしていないわけではない。エールフランスの事故は深刻だが、深海に墜落してボイスレコーダーも見つからないので、原因が分からない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9447%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85
A330、340シリーズに関しては、インシデントが多いから、直ぐに危険だとは、まだ言えない段階だと思う。
次の(途上国の会社ではない)事故が起きてしまってから、改めて判断すべきかと思う。

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